■今日のと、明日(予定)のは暗い話です。
ご時勢柄、書かないほうがいいのかなあ、とか思いつつアップです。

……これでも、ちっとソフトにしてみた。

それが成功かどうかは別として。


■オアシスのそばで 1
おじいさんに言われたとおり、山脈を左手に見ながらどんどんと進む。
相変わらず太陽は凶悪に私たちを焦がすつもりなのか、熱い光を照らしつけてくる。マント越しでも、その日差しを痛いと感じることさえあるくらいだ。足元の砂も、やっぱり足をとられることがあって歩きにくい。
そういう中でもたくましく生きている魔物たちは、私たちを見かけると襲い掛かってくる。生まれたときから砂漠に居るだけあって、魔物たちは足をとられるようなことにならない。それが何だかとてもずるい気がする。
それでも人間何とかなるもので、戦いを重ねていくと流石に戦い方も分かってくる。目の前にオアシスが見えるようになってきた頃には、歩き方もマスターしていたし、戦いでも遅れをとることはほぼなくなっていた。相変わらず太陽の光だけはどうしようもなかったけど。

オアシスは大きな湖を中心に、足元には久しぶりに見る草が地面にへばりつくように生えている。随分広いオアシスなんだろう、私たちがたどり着いた東側には、草木が生えているだけで、建物は全くなかった。遠く湖の対岸に建物が見える。大きな建物はお城かもしれない。
「水があるのは助かるよね、なんかそれだけで涼しく感じちゃうよ」
チッタがふう、と大きく息を吐きながら言う。
「ココからはオアシス沿いにあっち側に行けばいいんだよね? あっちに見える建物がイシスだよね? 私だけに見える幻じゃないよね?」
私の言葉に、全員が大きくうなずいた。
「アレが目指すイシスでしょう。大きな街のようですね」
リュッセは木陰に座って、暫く目を閉じていた。
「あ、ちょっと水遊びしていこうよ」
チッタは言うと靴を脱いで、湖に足を浸ける。
「あ、冷たい。予想外!」
その言葉につられて、私とカッツェも足を湖に入れる。透明な水は、湖の底が見えるほどで、結構冷たかった。
「ねー、リュッセ君も来たらー?」
「僕はいいです」
チッタの誘いに、思いがけないほど硬い声の返事が返ってきた。
「なんでー? 気持ちいいよー? 別にわたしたち、裸なわけでもないんだしー」
「いいです、遠慮します」
リュッセは膝を抱えて、その膝に額を乗せた。見た目結構ぐったりとしている。私は一度湖からでてリュッセの方へ近寄った。隣にしゃがんで、顔を覗き込みながら尋ねる。
「大丈夫?」
「ええ、まあ」
そうは答えながらも、リュッセの顔は結構赤い。かなり暑さにやられているみたいに見えた。
「でも、ちょっと辛そうだよ」
「まあ、暑いのは暑いです」
「チッタも言ったけど、別に恥ずかしい格好でもないし」
「遠慮します」
「じゃあ、タオルをぬらしてきてあげるよ。首に当てるだけでも違うから」
そういって立ち上がろうとしたときだった。不意に「おすそわけー」というちょっと楽しげなチッタの声が頭の上で響いて、次の瞬間には水がリュッセの頭にパシャっとかけられた。
「!!!!!」
リュッセの息を呑む音が聞こえた。
それは恐怖に引きつったような息。
びくりと体を震わせて、凍りついたような表情でリュッセはチッタを見上げる。さっきまで赤かった顔が、今や蒼白といってもいい。
「こ、こ、殺すつもりですか!?」
引きつった声で言うとリュッセは後ずさる。
「ちょっとした……お茶目のつもりだったんだけど……」
チッタも流石にリュッセの反応に驚いて、あいまいな笑顔を見せた。
「そんなお茶目がありますか!」
チッタは取り乱すリュッセを暫く見ていて、首をかしげる。
「あ、もしかして、リュッセ君、水が怖かったり、する?」
リュッセは無言で頷いた。
「ガキの頃におぼれたとか、そんなのか?」
尋常でないリュッセの反応に、流石に心配になったのかカッツェもやってくる。
「ええ、まあ、そんなところです」
リュッセは答えると、漸くカバンからタオルを取り出して髪を乱雑に拭いた。
「へえ、ちょっと意外」
チッタは呟いてからしゃがみこみ、リュッセの顔を覗き込む。
「あの、ね。知らなかったとはいえ、ごめんね」
「……ええ」
なんとなく許してはいない声で、それでもリュッセは頷いた。
「でも、とんでもない怖がり方だったよね。普段お風呂とか困らないの?」
反省をしたのかしてないのか、チッタは首をかしげる。好奇心が先にたつと、いろんなことが後回しになるのは、チッタの悪い癖だと思う。
「お風呂はまあ、自分の意思で入るものですし、足がつくの分かってますしね。平気になりました」
「平気じゃない頃もあったんだ」
「ええ、まあ」
「ちょっと詳しく聞かせてよ。考えてみたらリュッセ君のこと、あんまり知らないし」
そういえば、確かにそうだ。カッツェがカンダタがらみで色々あったのは皆が知ってるし、私の高所恐怖症も皆が知ってる。チッタはお喋り好きだから、皆でご飯を食べるとき色々昔話やら夢やら語るから皆わりと色々知っている。
けど、リュッセは大体聞き役で、あまり自分のことは話さない。考えてみれば、エルフの村で言った「人間にはとうの昔に絶望している」っていうのも、原因は知らないままだった。

誰も「聞かなくてもいいじゃないか」といった助け舟を出さなかったから、リュッセは暫くしてから
「聞いても全然楽しい話じゃないですよ」
とだけぼそりといった。
「聞いてみなきゃ面白いかどうかは分からないよ?」
チッタの返事に、リュッセは迷惑そうな顔をする。
「待ちな、チッタ」
話を促すチッタを、カッツェが止める。そのままリュッセの顔を見て続けた。
「リュッセ、アンタはそれを喋りたくないみたいだね。チッタは聞きたそうだけど。……喋ったとして、アンタは平静で居られる話かい?」
「……分かりません。コレまで人に話したことないですから。僕は乗り切ったつもりで居ますけど、実際そうなのかは分からないです。そして」
リュッセはそこで言葉を切って、私たちの顔をゆっくりとみた。
「皆さんが、聞いてからどういう気持ちになるかも、あまりよくわかりません。気分のいい話ではないのは保証しますけど」
「只おぼれたってだけじゃないみたいだね」
「ええ、まあ」
答えて、リュッセは湖を見る。
「殺されかけた、んですよ」


■あ、暗いのは明日がメイン。

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