■息子の名前を先に知っていた友人達に「ソルって『太陽』の意味のソルだと思ってた」と言われました。

無知な私は「ソル=太陽」なんて初めて知ったんですけど。

■即位式 2 (テス視点)
城下町ではお祭りが既に始まっていて、既に飲めや歌えの大騒ぎになっていた。
ボクは、普段は教会になっている少し広いテラスみたいなところでその様子を見ながら(むしろ姿を見られながら)食事をしたり、いろんな人と挨拶をした。
さすがに国民とは直接話が出来ないけど、それでもテラスの下まで沢山の人が来てボクに挨拶をしていく。
ボクはそんな人たちに手を振ったり笑顔を振りまいたりしていた。お父さんが国を出て行って以来の明るいニュースに、国中が沸きあがっているのが良くわかる。
サンチョは事あるごとに「おめでとうございます!」だの「今日ほど嬉しい日はありません!」だの言っては泣いていた。
ずっと心配をかけてきて、漸くサンチョにも喜んで貰える。親孝行みたいなものを出来てるんだと思うと、少し誇らしい気分になった。
 
その日は遅くまで祝いの宴が続いた。
 
 
寒い。
そう思って目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。あたりはとても静かで、そこかしこのランプの光がぼんやりと明るく、幻想的に思えた。
「……喉渇いたな」
つぶやき、起き上がる。だらしない事に、床に寝転がってしまっていた。ふらりと歩き出すと何かにつまずいて転んでしまった。
「……?」
まだ頭の芯がぼんやりとしてる。痛い、というほどでもないけど、しびれている感じ。なかなか状況が把握できない。一体何につまずいたんだろう。そう思って薄暗い中目を凝らす。

人だった。

神父さんの足につまずいて転んだらしい。
「?」
少し変だ。
そう思ってあたりを見渡す。
「!!!」
思わず大きな悲鳴を上げそうになって、口を押さえて座り込む。

人が大勢倒れていた。
テラスだけじゃない。町中の、国の人たちも。見渡す限りに居た人たちが、折り重なるように倒れていた。
体がガクガク震えているのがわかる。
恐くてたまらない。
思い出すのは、あの地獄のようなドレイの日々。
病気で一斉に知っていた人たちが折り重なるようにして死んでいった、あの日と同じ光景。
目をぎゅっと瞑る。
自分の腕で、自分を抱きしめる。
落ち着かなきゃ。
誰か。
生きてる人が居るはずだ。
何回か、大きく深呼吸。
ここはあの地獄じゃない。グランバニアだ。
「うーん」
目の前の神父さんが小さく声を上げた。そして、体を動かす。
「!」
はっとして、近寄る。そして震える手を伸ばし、首筋を触る。
暖かく、そして脈打っているのがわかる。
生きてる。

……生きてる。

ボクは立ち上がった。
テラスに居る人をとりあえず全員調べて回る。
皆寝入っているだけ。死んでる人は一人も居ないみたいだった。
「……」
ほっとして、座り込む。
そして、気づく。兵士も一人残らず寝ている。今なら、誰だって王宮に乗り込んでいける。
「……ビアンカちゃん」
ボクは立ち上がる。
少し足がもつれる。思うより、走れない。もどかしい。

階段を駆け上がって、屋外の王宮へ続く回廊を走り抜ける。
頭上は満天の星空。
夏なのに、吹き抜ける風がとても冷たかった。
何だかとても嫌な感じがする。
背中がぞわぞわする。
途中で見かける見張りの兵士も全員眠りこけてる。
王座の横を駆け抜け、階段を駆け上がる。
幅の広い廊下を走って、その突き当たり。
ドアを開けると、開け放たれたドアから風が吹き込んできて、カーテンがゆらりと動いた。
「……ビアンカちゃん?」
誰も居なかった。
見事なまでに、誰も。
眠ってる人すら、ここには居ない。
「ソル? マァル?」
子どもすら居ない。
部屋を横切って、ベランダに出てみた。
降りるようなはしごなんてないし、誰も隠れてなかった。
綺麗な星空が広がっているのが見える。

「他の部屋」
とりあえず、何をするにも声を出して認識しないと体が動かなかった。頭を二・三回、思いっきり横に振る。
「しっかりしろ!」
自分を叱りつけて、まだふらふらする足で他の部屋を見て回る。
本当に、誰一人として人が居ない。
キッチンに置かれていた水差しから、水を飲んで考える。

なにがあった?
何で国中の人が眠ってしまった?
ビアンカちゃんと子ども達はどこへ行ってしまった?

どんどん冷たいものが胸の奥に広がっていく。
嫌な予感。
嫌な想像。
ボクは意識して深呼吸を繰り返しながら、歩き出す。
ともかく、誰かを呼んでこよう。
サンチョでも、オジロンさまでもいい。
誰か。
相談の出来る人。
ピエール。爺ちゃん。
どうしたらいいんだろう?
ねえ、お父さん?

そんな事を考えながら階段に足をかけたときだった。
遠くで、赤ん坊の泣き声がした。
たった一度だったけど、力強い泣き声。
「……ソル……マァル」
泣き声は奥の部屋から聞こえた。
生きて、居る。
ボクは走る。
開け放ったままのドアから部屋に飛び込む。
どこだ?
ベッドには居なかった。
クローゼットをあける。バスタブをのぞきこむ。
そして、ボクとビアンカちゃんが使うベッドの下をのぞきこむ。
人が居た。
目が合うと、その人はベッドから転がり出てきた。
腕には、ソルとマァルを抱えている。
「ソル……マァル……」
ボクが茫然とつぶやくのを見て、その人は、いつも豪快に笑っていたおばさんが縮こまる。
「お……王さま! 申し訳ありません! 王妃様が……ビアンカ様が魔物どもにさらわれて! 私はふたりの赤ちゃんを抱いて身をかくすのが精一杯で王妃様までは……!」
縮こまり、泣き崩れる女の人に、ボクは手を伸ばす。
「いいから、顔を上げて。ソルとマァルを守ってくれてありがとう。ビアンカちゃんがそう言ったんでしょ?」
女の人は頷いた。
「だったら、あなたはきちんと言われた事をした。堂々としてればいい。大丈夫、ビアンカちゃんは強いから。きっと大丈夫だから。二人を守ってくれてありがとう」
ボクは女の人の腕の中の二人の頬をなでる。二人は静かに眠っていた。何も知らないで眠ってくれてる。ともかくほっとした。お母さんがさらわれた、その事を知らないで居てくれることが嬉しかった。
「大丈夫だからね。二人を寝かせてきてあげて」
言うと、女の人はうなずいて、小さなベッドのほうへ歩いていく。
「坊っちゃん!」
サンチョの声が後ろから聞こえた。振り返ると、ドアのところに肩で息をしながら立っている。
「城の中が妙に静まりかえっておかしな気がしたので来てみたのですが……まさかビアンカさまが……?」
サンチョは青い顔でボクを見た。
「魔物にさらわれたらしい」
ボクが短く答えると、さらに血の気が引いていく。
「なんということだ! これではまるで20年前のあの日と……。いえ、同じにさせてなるものですかっ! 坊っちゃん! 城の者たちをたたき起こすのです! そしてなんとしても王妃様を……ビアンカ様を!」
「わかってる、絶対助ける」
ボクは短く答えて頷くと、ベッドで眠っている二人の頬にキスをした。
「この子達は、ボクと同じ気分は知らなくていい」
ボクの答えに、サンチョは少し淋しそうな顔をして、そして大きく頷いた。


■という事で、破滅の足音が聞こえてきました。
幸せは突然おわってしまうのです。

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